<rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"><channel><title>有名人 | MSX 35th Anniversary (unofficial)</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/categories/1144851</link><description>有名人の一覧</description><atom:link href="https://msx35th.theblog.me/rss.xml?categoryId=1144851" rel="self" type="application/rss+xml"></atom:link><atom:link href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" rel="hub"></atom:link><item><title>2018.7.17 ダイヤモンド・オンラインに西和彦氏が寄稿</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/4823312</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;日本で初めてのパソコン雑誌「アスキー」を設立、マイクロソフトのビル・ゲイツと意気投合し、極東担当副社長を務めるなど、日本のパソコン市場創世記を牽引した西和彦。そんな西は今、研究者と教育者に軸足を置いている。これまでのIT革命を振り返ると共に、将来のIT世界について語ってもらった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;https://diamond.jp/category/s-shuhitsu-nishikazuhiko&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://dol.ismcdn.jp/common/dol/images/v1/logo.png&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;今月の主筆　アスキー創業者　東大大学院IoTメディアラボディレクター　西 和彦 | ダイヤモンド・オンライン&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;ダイヤモンド社が提供するビジネス情報サイト。ビジネスパーソンの知りたい「今」がわかるウェブマガジン。話題の時事・経済ニュースを独自の視点で斬る強力コラム満載！&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;7/17~8/28にかけて、全4回の連載。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 16 Jul 2018 15:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/4823312</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><category>記事</category><enclosure length="0" type="image/png" url="https://dol.ismcdn.jp/common/dol/images/v1/logo.png"></enclosure></item><item><title>2018.4.5 伝説の番組『ウゴウゴルーガ』とMSX</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3987410</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;【以下引用】&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そんな制作チームの一員に、世界トップクラスのメディアアーティスト、岩井 俊雄（いわい としお）くんもいました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&amp;nbsp; (中略)&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&amp;nbsp;CGのセットに子どもがいて、CGキャラクターがいた。セットが移動したり、キャラクターの表情が動いたりするのも、岩井くんがMSX（パーソナルコンピューターの一種）を使ってイチからプログラミングしてつくったお手製のものだったんです。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;https://tabi-labo.com/287054/tc-shinji-hukuhara&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://image.tabi-labo.com/jp/155358/6672011778588672.jpg&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;伝説の子ども番組『ウゴウゴ・ルーガ』のDNA&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;「おきらくごくらく！」というセリフ。知っていますか？ 25年以上たった今も影響力がある伝説の番組『ウゴウゴ・ルーガ』の生みの親である当時のチーフディレクター、福原 伸治（ふくはら しんじ）さんにインタビュー。&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;番組制作にMSXが使われていたこと、岩井俊雄さんがMSXを使っていたことは一部ではよく知られている話ですが、改めてわかりやすい証言が出てきましたね。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;関係ないけど『アインシュタイン』面白かったなぁ。あの番組がなければ筆者が科学に興味を持つことはなかったのかもしれません。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 05 Apr 2018 20:28:05 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3987410</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://image.tabi-labo.com/jp/155358/6672011778588672.jpg"></enclosure></item><item><title>週刊文春 2011.9.11号 劇団ひとり氏コラム</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3922974</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「そのノブは心の扉」&lt;/strong&gt;(連載第245回)&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;小学生の頃、MSXという今思えば玩具のようなパソコンではあったが、いつもそれで遊んでいた。当時、「MSX・FAN」という雑誌があって、そこにBASICというプログラムが載っており、それを見ながら不器用な手つきでキーを一文字ずつ押していくのだ。ゲームのプログラムなどもあるのだが、それらは子供の僕には難し過ぎるので、中でも簡単そうなものを選んで打ち込んでいく。簡単といえども数時間はかかる。そして、ついに完成した『天ぷらを揚げる音』という実にシュールなプログラムが奏でる音に目を閉じて耳を傾ける。一体、何が楽しかったのか。いや、しかし何よりも辛かったのは、次の日に家に呼ばれてそれを聞かされていた友人達だろう。ラジコンやらファミコンで遊びたい放課後の時間を割いて、天ぷらを揚げる音を聞かされるのだ。ジャイアンのリサイタル並みに酷い、いわばサイバージャイアンである。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;(以下略)&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/7e2ceff5e550068833330b9b97747a1f_d0d23febd01151d10bdfe97d05c91d41.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Sat, 10 Sep 2011 15:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3922974</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/7e2ceff5e550068833330b9b97747a1f_d0d23febd01151d10bdfe97d05c91d41.jpg"></enclosure></item><item><title>2010.7.21 サイボウズ・青野社長、初めてのMSXはパソピアIQ</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/4823569</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;挑戦者たちの履歴書（30）：&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ゲームプログラマへの道を真剣に目指した中学生&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　選んだ機種は「MSX パソピアIQ」。当時発表されたばかりのPCの統一規格「MSX」の仕様に準拠した東芝製のPCだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　早速、部活動や生徒会活動の合間を縫ってゲームのプログラミングに熱中する。愛読書も、小学生のころ購読していた『子供の科学』から、MSXの専門雑誌『MSX MAGAZINE』にステップアップだ。ゲーム用途が主だったMSXの専門誌には、当時各ゲームメーカーでヒット作を開発したカリスマプログラマたちの名前が踊っていた。中でも青野少年のあこがれは、後に『ぷよぷよ』というゲームで大ヒットを飛ばすことになるゲームメーカー「コンパイル」に所属する有名プログラマだった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　「ぼくが持っていたMSX機は非力なマシンでしたが、それでもコンパイル製のゲームは驚くほどスムーズなキャラクターの動きを実現していました。『これはすごい！』と思いました」&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;http://www.itmedia.co.jp/im/articles/1007/21/news092.html&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;http://image.itmedia.co.jp/im/articles/1007/21/r4aono03.jpg&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;ゲームプログラマへの道を真剣に目指した中学生&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;編集部から：本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、青野氏が中学生時代にゲームプログラマを目指し、挫折するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;【関連資料】&lt;/p&gt;&lt;p&gt;かつての理系少年がU-22プロコンを支援　次代を担うスターの発掘を目指す&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;中学2年生のとき、東芝のパソピアIQという4万円のMSXパソコンを買いました。お年玉3万円に貯金1万円を足して。今振り返ると、人生最大の選択はそこでプログラミングに目覚めたことだと思いますね。頭を使えば、どんなおもしろいものもつくることができる。電子工作だと、たくさんのパーツを買ってこなければならないのでお金がかかります。ところがプログラミングは、パソコン1台あればできてしまう。それどころか、自分の書いたプログラムをパソコン雑誌に送ってそれが掲載されると、何万円かもらえる。自分の進む道はこれだと思って、大阪大学の情報システム工学科に進みました。&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;https://www.weeklybcn.com/journal/hitoarite/detail/20140703_32985.html&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://www.weeklybcn.com/files/topics/32985_ext_05_0.jpg&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;サイボウズ　代表取締役社長　青野 慶久 - 週刊BCN+&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;　「青野さんって、とても熱いんですよ。ぜひ一度、じっくり対談してみてください」という話を知人に聞いて、さっそくお会いした。すると、プログラミングへの並々ならぬ想いが伝わってくるではないか。失礼ながら、それは会社創立からたった9年で東証1部上場を果たし、その後の成長を舵取りしてきた敏腕のIT企業経営者というよりは、根っからの理系少年がそのまま大きくなり、まっすぐに夢を語り続ける姿だった。そして、これからの日本の“ものづくり”を支える若い世代を育てなければならないという想いは、さらに熱いものだった。（本紙主幹・奥田喜久男　　構成・小林茂樹　　写真・津島隆雄）&#xA;【取材：2014.5.14／東京・文京区後楽のサイボウズ本社にて】&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;</description><pubDate>Wed, 21 Jul 2010 00:00:36 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/4823569</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><category>記事</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="http://image.itmedia.co.jp/im/articles/1007/21/r4aono03.jpg"></enclosure></item><item><title>1992.10.5 伝説の子ども番組『ウゴウゴルーガ』開始</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/4262620</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;フジテレビで早朝に放送された『ウゴウゴルーガ』は、あの『ひらけ！ポンキッキ』の前の枠であるにも関わらず、まったく違うテイストの子ども番組として制作された。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;セットは全編CGで、その中に2人の子ども「ウゴウゴくん」「ルーガちゃん」が登場。曜日ごとに変わるCGで作られたキャラクターと会話するコーナーがメインであったが、それ以上に注目されたのが途中にはさまれるショートコーナー。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「プリブリはかせ」「ミカンせいじん」「あにき」など、そのシュールさには「意味がわからない」という声が続出した。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この番組のCG制作には、後に世界的な映像作家となる岩井俊雄さんが参加しており、MSXとAmigaを使用していたという。MSXが本格的にテレビ番組に使用されていたと確認できる稀有な例である。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;『ウゴウゴルーガ』の福原プロデューサーによると、この番組のアイデアは同様に昔放送されていた子ども番組『カリキュラマシーン』であったという。さらに、最近大きな話題となったアニメ『ポブテピピック』は『ウゴウゴルーガ』に影響を受けたという。アイデアとはこのように連鎖していくのである。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【以下、MSXとは関係ないうんちく】&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・福原プロデューサーはtwitterで積極的に発言を繰り返していたが、ついにフジテレビに愛想が尽きたのか、現在は「バズフィードジャパン」に転職している。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・「ルーガちゃん」を演じていた小出由華さんは、その後巨乳グラビアタレントになった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・一時期は夜にも『ウゴウゴルーガ2号』が放送されており、テーマソングはピチカート・ファイヴの『東京は夜の7時』であった。ボーカルの野宮真貴さんは、いまでも夜7時になるとtwitterで「東京は夜の7時♪」とつぶやいている。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 04 Oct 1992 21:30:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/4262620</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category></item><item><title>1986.4.2 アスキーとマイクロソフトの提携解消</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3978450</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;&lt;p&gt;パーソナルコンピューター用ソフト開発の大手、アスキー（本社東京）の郡司明郎社長と西和彦副社長は日、東京・大手町の経団連会館で会見し、提携関係にある米マイクロソフト（本社シアトル、会長ビル・ゲーツ氏）との間で提携解消で合意、現在解消の時期、共同で開発したソフトウエア商品の権利問題などについて協議していると発表した。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;両氏によると、交渉での焦点は日本製十六ビットパソコンの基本ソフト（ＯＳ）である日本語ＭＳ―ＤＯＳの取り扱いや家庭用低価格パソコンの標準規格「ＭＳＸ」を今後どちら側で販売していくか。いまのところ結論は出ていないが、マイクロソフト側が日本語ＭＳ―ＤＯＳを、アスキー側がＭＳＸをそれぞれ所有することで決着しそうだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【出典】日本経済新聞 1986年2月6日付&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&lt;hr&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;やっぱりあの噂は本当だったのか－－というのが、わが国パソコン関係者の共通の思いだった。というのも、前年の暮れあたりからアスキーにまつわるキナ臭い噂が業界に流れていたからである。曰く、マイクロソフトがアスキーを買収するらしい。曰く、西がアスキーを辞めるらしい。曰く、西は新会社をつくって独立したがっている。曰く、ＩＢＭがマイクロソフト買収に走りそうだ……。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こんな噂が業界を飛び交っていたのである。噂の真偽はともかく、火のないところに煙は立たない。業界ウォッチャーたちはアスキーの動向に耳目を集中していた。そこに日経のスクープである。記事の真偽を確認するための取材申し込みがアスキーに殺到した。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;後の四月二日には東京会館のシルバールームでマイクロソフトとアスキーの合同記者会見が予定され、ビル・ゲイツも出席することになっていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;－－西さんも当然出るんでしょう？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそもアスキーとマイクロソフトの蜜月の関係は西とゲイツの親交をベースに成り立っていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;「いや、西は出しません。彼が出ると、彼の去就などに記者の方々の関心が集中し、本来の記者会見の目的がずれる危険性があるから……」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし本書のためにインタビューした際、西は、「じつはあのとき、ボクは隣りの部屋にいたんだよ」と真相をぶちまけた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;「郡司が、お前はゲイツを殴りかねないから出るな、と言うんで出なかったの。出ていたら本当にゲイツを殴っていたよ、きっと」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;(中略)&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;でも、路線対立は喧嘩別れの本当の原因ではない、といまになって西は言う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「これは初めて明かすことだけど、マイクロソフトにいた日系の海外担当副社長がボクにいじわるで、あることないことをビルの耳に吹き込んだの。で、ビルがボクやアスキーに不信感をもつようになった。つまりマイクロソフト社内の派閥争いのトバッチリを食ったわけ。」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;&lt;p&gt;ただし、マイクロソフトとの訣別で西がすごく頭に来たことが一つある。それが合同記者会見に出たらゲイツを殴っていたかもしれない最大の理由だった。&lt;/p&gt;ゲイツが、こともあろうに、アスキーの取締役ソフトウェア開発部長の古川享をマイクロソフト日本法人の代表取締役社長としてスカウトしたからである。古川はもともと西が直接口説いてアスキー出版に入社させた秘蔵っ子だった。古川は成毛真（現社長）ら十数人の部下を引き入れてアスキーを集団脱走した。&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【参考】『西和彦の閃き 孫正義のバネ』小林紀興著、光文社&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 02 Apr 1986 06:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3978450</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>企業</category><category>有名人</category></item><item><title>1983.6.26 西和彦と孫正義によるトップ会談</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3974448</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;翌27日は、西和彦率いるMSX陣営の規格説明会の開催が予定されていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そして、対抗規格をぶち上げた孫正義もまた、同じ日に記者会見をぶつけようとしていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それを見かねた松下電器の前田一泰氏が事態の収拾に乗り出し、前日夜に二人を呼び、会談の場を設けた。実はその4年前、前田氏が二人を引き合わせたのが二人の初対面であった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;会談は深夜に及び、結果的に合意が成立。晴れてMSXが真の統一規格となったのである。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【参考文献】『パソコン革命の旗手たち』関口和一著／日本経済新聞社&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&lt;hr&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;ところで、この会談が行われたのはどこなのか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;資料によって「ホテルニューオータニ」「ホテルニューオークラ」と記述が分かれており、真相は闇の中なのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちなみに当の西和彦氏は「違うよ、うちの事務所だよ」と言ったとかなんとか…&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 26 Jun 1983 12:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3974448</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category></item><item><title>1955.10.28 ビル・ゲイツ氏誕生</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3978182</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;&lt;p&gt;ビル・ゲーツ(マイクロソフト社社長)。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;パソコンフィーバーの仕掛人だといわれ、いまやパソコン界の教祖的存在だが、実際に会うと、痩せて眼鏡をかけ、ハイスクールの学生のような半袖の派手な開襟シャツ、ジーパン姿で、同じ年(二十五歳)の西和彦よりもさらに若く見え、部屋の中を神経質そうに歩きまわる姿は、どう見ても受験浪人だ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;(中略)&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ビル・ゲーツ。一九五五年十一月シアトルの生れ。ゲーツの家はシアトルで十指に入るといわれるほどの名家で、父親は弁護士、母親は実家が銀行業を営んでおり、その銀行の役員と、ユニバーシティ・オブ・ワシンシンの理事を勤めているという。家庭がきわめて豊かで、しかも学校経営に深いかかわりがあるところなど、西和彦が育った環境に酷似している。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【出典】『マイコン・ウォーズ』田原総一朗著／アゴラブックス&lt;/p&gt;&lt;p&gt;※引用部分は原文ママです。&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;https://www.amazon.co.jp/dp/B00DTQMD7A/&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41lsu0--pkL._SR600%2c315_PIWhiteStrip%2cBottomLeft%2c0%2c35_PIStarRatingFOUR%2cBottomLeft%2c360%2c-6_SR600%2c315_SCLZZZZZZZ_.jpg&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;マイコン・ウォーズ 田原総一朗電子書籍ライブラリー (アカシックi文庫)&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;Amazonで田原総一朗の{ProductTitle}。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々な端末でもお楽しみいただけます。&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;</description><pubDate>Tue, 27 Oct 1970 15:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3978182</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41lsu0--pkL._SR600%2c315_PIWhiteStrip%2cBottomLeft%2c0%2c35_PIStarRatingFOUR%2cBottomLeft%2c360%2c-6_SR600%2c315_SCLZZZZZZZ_.jpg"></enclosure></item><item><title>1956.2.10 西和彦氏誕生</title><link>https://msx35th.theblog.me/posts/3974509</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;西和彦、1956年(昭和31年)　2月、神戸の生まれ。西の母方の祖母・西田のぶが大正11年に神戸市で女学校(須磨学園)を設立し、西の父母は、現在そこの学校の教師をしている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「ぼくは、学校の中に家があるという、普通の人とはちょっとかわった環境で育ったせいか、小学校に入る前から高校の実験室に勝手に入って、先生に亜鉛と硫酸を入れると水素が発生するとか、オームの法則は I=V/R だとか聞いていましてね。それに父親がものすごいエレキかぶれで、新しい製品が出ると何でも買ってくるという人で……」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【出典】『マイコン・ウォーズ』田原総一朗著／アゴラブックス&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;figure&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;http://www.nishi.org/&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;http://www.nishi.org/common_img/pankuzu_divide.png&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;&lt;b&gt;Kazuhiko Nishi - 西 和彦&lt;/b&gt;&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;br&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;small&gt;nishi.org&lt;/small&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/figure&gt;&#xA;&#x9;&lt;/div&gt;</description><pubDate>Mon, 09 Feb 1970 15:00:00 +0000</pubDate><guid>https://msx35th.theblog.me/posts/3974509</guid><dc:creator>flower_highway</dc:creator><category>有名人</category><enclosure length="0" type="image/png" url="http://www.nishi.org/common_img/pankuzu_divide.png"></enclosure></item></channel></rss>