<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>MSX 35th Anniversary (unofficial)</title><link href="https://msx35th.theblog.me"></link><subtitle>1983年に誕生したパソコンの世界統一規格「MSX」。&#xA;今年(2018年)で35周年を迎えるにあたり、過去の資料や思い出話などをたくさん掲載していきます。&#xA;出典があるものはなるべく記載し、MSXが残した文化を後世に伝えるとともに、研究に役立つ内容にできれば幸いです。&#xA;&#xA;※本サイトは非公式のものであり、アスキー(当時)およびマイクロソフト等とは関係ございません。</subtitle><id>https://msx35th.theblog.me</id><author><name>flower_highway</name></author><updated>2022-12-31T15:00:48+00:00</updated><entry><title><![CDATA[【お知らせ】MSX40周年サイトの開設と独自ドメイン終了]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/40066388/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/40066388</id><summary><![CDATA[2023年になりました。いよいよMSX40周年のメモリアルイヤーです。35周年を祝うために開設した当サイトですが、結局具体化できたものはほとんどなく、サイトの更新もいつしか途絶えてしまいました。大変申し訳なく思っています。40周年のサイトが改めて作られていました。当ブログのコンテンツも一部提供させて頂きましたので、今後はこちらに引き継がれることになります。今度こそ、なにか大きな花火が打ち上げられることを願っております。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2022-12-31T15:00:48+00:00</published><updated>2023-01-01T01:19:39+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>2023年になりました。いよいよMSX40周年のメモリアルイヤーです。</p><p>35周年を祝うために開設した当サイトですが、結局具体化できたものはほとんどなく、サイトの更新もいつしか途絶えてしまいました。大変申し訳なく思っています。</p><p>40周年のサイトが改めて作られていました。当ブログのコンテンツも一部提供させて頂きましたので、今後はこちらに引き継がれることになります。今度こそ、なにか大きな花火が打ち上げられることを願っております。</p>
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		<a href="http://msx40th.org/">
			<img src="http://msx40th.org/wp-content/uploads/2022/12/msx_logo_icon.png" width="100%">
			<small><b>MSX40周年_unofficial | 1983年に誕生したコンピュータ世界統一規格「MSX」の40周年を記念します</b></small>
			<br>
			<small>1983年に誕生したコンピュータ世界統一規格「MSX」の40周年を記念します</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p class="">当ブログの使命はここで一段落となりますが、資料的な価値はまだあるかと思いますので、しばらく存続させておきます。ただし、独自ドメインについては1月中に期限切れとなりますので、以下のURLに移行する予定です。</p><p><a href="https://msx35th.theblog.me" class="u-lnk-clr">https://msx35th.theblog.me</a><br></p><p>これまでありがとうございました。そして、40周年を迎えたMSXを引き続きよろしくお願い致します。</p>
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		<a href="https://msx35th.theblog.me">
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/896a1cdf3ab93c198541474de858f423_a8322bafefa99b15166734c1718b6f5f.jpg" width="100%">
			<small><b>MSX 35th Anniversary (unofficial)</b></small>
			<br>
			<small>1983年に誕生したパソコンの世界統一規格「MSX」。
今年(2018年)で35周年を迎えるにあたり、過去の資料や思い出話などをたくさん掲載していきます。
出典があるものはなるべく記載し、MSXが残した文化を後世に伝えるとともに、研究に役立つ内容にできれば幸いです。

※本サイトは非公式のものであり、アスキー(当時)およびマイクロソフト等とは関係ございません。</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.9.2 「MSX2+」30周年]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4823334/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4823334</id><summary><![CDATA[詳細は以下の記事をご参照ください。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-09-02T04:00:00+00:00</published><updated>2018-09-02T08:23:55+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>詳細は以下の記事をご参照ください。</p><p><br></p>
		</div>
	
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		<figure>
			
		<a href="http://since1983.msx35th.technology/posts/4050358">
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/896a1cdf3ab93c198541474de858f423_a8322bafefa99b15166734c1718b6f5f.jpg" width="100%">
			<small><b>1988.9.2 「MSX2+」規格発表</b></small>
			<br>
			<small>アスキーは家庭用8ビットパソコンの統一規格「MSX2」を機能強化した新仕様「MSX2+」を開発し、新仕様に基づくシステムソフトウェアと専用LSIをパソコンメーカー数社に対してOEMで供給を始めた。　(</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>ちなみに本日は「第97回 南関東MSXユーザーの集い」開催日です。</p><p>あと3回でとうとう100回達成！</p><p><br></p>
		</div>
	
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		<figure>
			
		<a href="https://zakugiri.com/">
			<img src="https://www.zakugiri.com/spwp/wp-includes/js/tinymce/plugins/wordpress/img/trans.gif" width="100%">
			<small><b>ZAKUGIRI!</b></small>
			<br>
			<small>ZAKUGIRI!
				第97回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第96回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第95回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第94回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第93回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第92回 南関東MSXユーザーの集いについて
			
				【日程変更】第91回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第90回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第89回 南関東MSXユーザーの集い
			
				第88回 南関東MSXユーザーの集い</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.7.17 ダイヤモンド・オンラインに西和彦氏が寄稿]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4823312/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4823312</id><summary><![CDATA[日本で初めてのパソコン雑誌「アスキー」を設立、マイクロソフトのビル・ゲイツと意気投合し、極東担当副社長を務めるなど、日本のパソコン市場創世記を牽引した西和彦。そんな西は今、研究者と教育者に軸足を置いている。これまでのIT革命を振り返ると共に、将来のIT世界について語ってもらった。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-07-16T15:00:00+00:00</published><updated>2018-09-02T08:14:57+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>日本で初めてのパソコン雑誌「アスキー」を設立、マイクロソフトのビル・ゲイツと意気投合し、極東担当副社長を務めるなど、日本のパソコン市場創世記を牽引した西和彦。そんな西は今、研究者と教育者に軸足を置いている。これまでのIT革命を振り返ると共に、将来のIT世界について語ってもらった。</p><p><br></p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://diamond.jp/category/s-shuhitsu-nishikazuhiko">
			<img src="https://dol.ismcdn.jp/common/dol/images/v1/logo.png" width="100%">
			<small><b>今月の主筆　アスキー創業者　東大大学院IoTメディアラボディレクター　西 和彦 | ダイヤモンド・オンライン</b></small>
			<br>
			<small>ダイヤモンド社が提供するビジネス情報サイト。ビジネスパーソンの知りたい「今」がわかるウェブマガジン。話題の時事・経済ニュースを独自の視点で斬る強力コラム満載！</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>7/17~8/28にかけて、全4回の連載。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.6.27 MSX 35周年の誕生日(その2)]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4443031/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4443031</id><summary><![CDATA[おめでとう❗🎂🎉6/16が「MSX規格の誕生日」ならば、6/27はMSXが真の意味で「世界統一規格になった日」なのです。とにかく2回目の記念日おめでとう❗あー、やる気が出ねぇ…(^-^;]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-06-26T15:00:25+00:00</published><updated>2018-06-26T15:00:32+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>おめでとう❗🎂🎉</div><div><br></div><div>6/16が「MSX規格の誕生日」ならば、</div><div>6/27はMSXが真の意味で「世界統一規格になった日」なのです。</div><div><br></div><div>とにかく2回目の記念日おめでとう❗</div><div><br></div><div>あー、やる気が出ねぇ…(^-^;</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.6.16 MSX 35周年の誕生日(その1)]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4354853/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4354853</id><summary><![CDATA[おめでとう！当時の経緯については以下の記事もご参照ください。なお、誕生日(その2)は6月27日です。2つあるのもなんか変ですが、そのあたりの話はまた後ほど。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-06-15T15:00:00+00:00</published><updated>2018-06-15T15:00:10+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>おめでとう！</p><p>当時の経緯については以下の記事もご参照ください。</p><p>なお、誕生日(その2)は6月27日です。2つあるのもなんか変ですが、そのあたりの話はまた後ほど。</p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="http://since1983.msx35th.technology/posts/3916690">
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/896a1cdf3ab93c198541474de858f423_a8322bafefa99b15166734c1718b6f5f.jpg" width="100%">
			<small><b>1983.6.16 世界統一規格「MSX」発表記者会見</b></small>
			<br>
			<small>マイクロソフト社と(株)アスキーは去る6月16日、互換性を持ったホームパーソナルコンピュータシステム「MSX」仕様を発表。国内外15社の賛同を得て低価格帯コンピュータの仕様標準化への提案を行った。これ</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.6.10 第96回「南関東MSXユーザーの集い」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4354890/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4354890</id><summary><![CDATA[この日、神奈川県川崎市で略称「ミナカン」と呼ばれるイベント「南関東MSXユーザーの集い」が開催された。今回で96回目の開催。年4回程度の開催ベースのため、このままで行けば来年には100回の開催を数える予定。「MSX・FAN」誌の休刊にともない、全国で自然発生的に誕生したユーザーたちによるイベント。その中でも「集い」系とは、要するにユーザーたちが集まっていろいろやること。MSX本体やモニターを持ち込んだり、MSXに関係するネタを持ってきたり、あるいは全然関係ないものを持ってきたり(^^;そんなMSXイベントの中でも、これだけの回数を重ねてきたものを他に知らない。もう当時のMSXユーザーの多くはアラフィフに差しかかっており、ほとんど近況を確かめ合う場所になっていることも否めないが、こうやって生まれたつながりが四半世紀にわたってまだ続いていることはそれだけですごい。「継続は力なり」を地で行くイベントである。一時期は「これからのMSXをどうする？」的な議論の場となり、とくに『MSXマガジン永久保存版』や「1チップMSX」の発売によってリバイバルの動きが発生したときには活発な意見が交わされた。しかし、最近はだいぶまったりしてきたようである。まぁ、旧交をあたためることも大事なこと。今後のさらなる継続に期待したい。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-06-10T04:00:00+00:00</published><updated>2018-06-11T01:53:08+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>この日、神奈川県川崎市で略称「ミナカン」と呼ばれるイベント「南関東MSXユーザーの集い」が開催された。</p><p>今回で96回目の開催。年4回程度の開催ベースのため、このままで行けば来年には100回の開催を数える予定。</p><p>「MSX・FAN」誌の休刊にともない、全国で自然発生的に誕生したユーザーたちによるイベント。その中でも「集い」系とは、要するにユーザーたちが集まっていろいろやること。MSX本体やモニターを持ち込んだり、MSXに関係するネタを持ってきたり、あるいは全然関係ないものを持ってきたり(^^;</p><p>そんなMSXイベントの中でも、これだけの回数を重ねてきたものを他に知らない。もう当時のMSXユーザーの多くはアラフィフに差しかかっており、ほとんど近況を確かめ合う場所になっていることも否めないが、こうやって生まれたつながりが四半世紀にわたってまだ続いていることはそれだけですごい。「継続は力なり」を地で行くイベントである。</p><p><p>一時期は「これからのMSXをどうする？」的な議論の場となり、とくに『MSXマガジン永久保存版』や「1チップMSX」の発売によってリバイバルの動きが発生したときには活発な意見が交わされた。しかし、最近はだいぶまったりしてきたようである。まぁ、旧交をあたためることも大事なこと。今後のさらなる継続に期待したい。</p></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.4.5 伝説の番組『ウゴウゴルーガ』とMSX]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/3987410/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/3987410</id><summary><![CDATA[【以下引用】そんな制作チームの一員に、世界トップクラスのメディアアーティスト、岩井 俊雄（いわい としお）くんもいました。  (中略) CGのセットに子どもがいて、CGキャラクターがいた。セットが移動したり、キャラクターの表情が動いたりするのも、岩井くんがMSX（パーソナルコンピューターの一種）を使ってイチからプログラミングしてつくったお手製のものだったんです。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-04-05T20:28:05+00:00</published><updated>2018-05-25T21:26:03+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>【以下引用】</div><div>そんな制作チームの一員に、世界トップクラスのメディアアーティスト、岩井 俊雄（いわい としお）くんもいました。</div><div>&nbsp; (中略)</div><div>&nbsp;CGのセットに子どもがいて、CGキャラクターがいた。セットが移動したり、キャラクターの表情が動いたりするのも、岩井くんがMSX（パーソナルコンピューターの一種）を使ってイチからプログラミングしてつくったお手製のものだったんです。</div>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://tabi-labo.com/287054/tc-shinji-hukuhara">
			<img src="https://image.tabi-labo.com/jp/155358/6672011778588672.jpg" width="100%">
			<small><b>伝説の子ども番組『ウゴウゴ・ルーガ』のDNA</b></small>
			<br>
			<small>「おきらくごくらく！」というセリフ。知っていますか？ 25年以上たった今も影響力がある伝説の番組『ウゴウゴ・ルーガ』の生みの親である当時のチーフディレクター、福原 伸治（ふくはら しんじ）さんにインタビュー。</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<div>番組制作にMSXが使われていたこと、岩井俊雄さんがMSXを使っていたことは一部ではよく知られている話ですが、改めてわかりやすい証言が出てきましたね。</div><div><br></div><div>関係ないけど『アインシュタイン』面白かったなぁ。あの番組がなければ筆者が科学に興味を持つことはなかったのかもしれません。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2018.4.1 MSXの後継規格「ボブネミミッミ」発表]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/3960855/"></link><link rel="enclosure" type="image/png" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/61331d5613d08f566070b5c566deb6a8_66d98f7b53256b34028a7b581eec74a6.png"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/3960855</id><summary><![CDATA[ただの出オチですm(._.)m最後に指定暴力団ア●キーが破壊されます。誰かロゴ作って。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2018-03-31T15:00:37+00:00</published><updated>2018-04-01T01:40:46+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ただの出オチですm(._.)m</div><div>最後に指定暴力団ア●キーが破壊されます。</div><div><br></div><div>誰かロゴ作って。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/61331d5613d08f566070b5c566deb6a8_66d98f7b53256b34028a7b581eec74a6.png?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>というか、突然こんなブログ作り始めたのが自分でもウソみたいだわ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2016.11.26 「ソフトベンダーTAKERU」30周年イベントが開催される]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4096538/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4096538</id><summary><![CDATA[11月26,27日の2日間にわたり、東京・秋葉原UDXにてイベント『いま蘇る、TAKERU伝説 ～レトロPCゲームと語る30周年～』が開催された。ソフトベンダーTAKERU(武尊)は、世界初のソフトウェアの自動販売機で、1986～1997年にわたって稼動した。後半には、通信カラオケ「JOYSOUND」に音楽データを送り届けるサーバの役割も果たしていた。現在で言うところのCDN(Contents Delivery Network)のようなものか。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2016-11-26T01:00:00+00:00</published><updated>2018-04-26T07:52:58+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>11月26,27日の2日間にわたり、東京・秋葉原UDXにてイベント『いま蘇る、TAKERU伝説 ～レトロPCゲームと語る30周年～』が開催された。</p><p>ソフトベンダーTAKERU(武尊)は、世界初のソフトウェアの自動販売機で、1986～1997年にわたって稼動した。後半には、通信カラオケ「JOYSOUND」に音楽データを送り届けるサーバの役割も果たしていた。現在で言うところのCDN(Contents Delivery Network)のようなものか。</p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="http://ascii.jp/elem/000/001/246/1246141/">
			<img src="http://ascii.jp/elem/000/001/246/1246141/img/0910/logo_asciijp_print.gif" width="100%">
			<small><b>ASCII.jp：ソフトベンダーTAKERU 30周年 レトロＰＣ/ゲームを振り返る</b></small>
			<br>
			<small>30年前の1986年。まだ昭和の時分にいち早く“ダウンロード販売”を実現したのがブラザーのソフトベンダー『TAKERU（武尊）』だ。メディア（フロッピーディスクなど）をセットするとソフトをダウンロードして書き込んでくれるため、メジャー・マイナー問わずどんなソフトも品切れなく購入できる画期的な自動販売システムだったのだ。</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>店舗の閉店時間がすぎると、TAKERUはコンテンツサーバとしての役割を務める。通信回線が混雑せず、また料金が安い深夜の時間帯に、全国各地にあるJOYSOUNDの機械へデータを送信していたのだ。</p><p>また、TAKERUの本業であるソフトウェア販売でもさまざまな苦労があった。なるべく通信量を抑えるため、本体にはHDDが積まれ、一部のコンテンツは直接HDDごと運んでいたという。</p><p>この発想、実は現在でも受け継がれている。例えばネット動画配信大手のNetFlixでは、新作のデータをあらかじめ世界各地のサーバに送信し、ときには物理的な手段で運ぶこともあるとのこと。</p><p>あれから30年。データ量の増大はとどまることを知らず、時代は何度でも繰り返すのである。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[週刊文春 2011.9.11号 劇団ひとり氏コラム]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/3922974/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/7e2ceff5e550068833330b9b97747a1f_d0d23febd01151d10bdfe97d05c91d41.jpg"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/3922974</id><summary><![CDATA[「そのノブは心の扉」(連載第245回)小学生の頃、MSXという今思えば玩具のようなパソコンではあったが、いつもそれで遊んでいた。当時、「MSX・FAN」という雑誌があって、そこにBASICというプログラムが載っており、それを見ながら不器用な手つきでキーを一文字ずつ押していくのだ。ゲームのプログラムなどもあるのだが、それらは子供の僕には難し過ぎるので、中でも簡単そうなものを選んで打ち込んでいく。簡単といえども数時間はかかる。そして、ついに完成した『天ぷらを揚げる音』という実にシュールなプログラムが奏でる音に目を閉じて耳を傾ける。一体、何が楽しかったのか。いや、しかし何よりも辛かったのは、次の日に家に呼ばれてそれを聞かされていた友人達だろう。ラジコンやらファミコンで遊びたい放課後の時間を割いて、天ぷらを揚げる音を聞かされるのだ。ジャイアンのリサイタル並みに酷い、いわばサイバージャイアンである。(以下略)]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2011-09-10T15:00:00+00:00</published><updated>2018-04-05T20:35:25+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><strong>「そのノブは心の扉」</strong>(連載第245回)</p><p><br></p><p>小学生の頃、MSXという今思えば玩具のようなパソコンではあったが、いつもそれで遊んでいた。当時、「MSX・FAN」という雑誌があって、そこにBASICというプログラムが載っており、それを見ながら不器用な手つきでキーを一文字ずつ押していくのだ。ゲームのプログラムなどもあるのだが、それらは子供の僕には難し過ぎるので、中でも簡単そうなものを選んで打ち込んでいく。簡単といえども数時間はかかる。そして、ついに完成した『天ぷらを揚げる音』という実にシュールなプログラムが奏でる音に目を閉じて耳を傾ける。一体、何が楽しかったのか。いや、しかし何よりも辛かったのは、次の日に家に呼ばれてそれを聞かされていた友人達だろう。ラジコンやらファミコンで遊びたい放課後の時間を割いて、天ぷらを揚げる音を聞かされるのだ。ジャイアンのリサイタル並みに酷い、いわばサイバージャイアンである。</p><p>(以下略)<br></p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/7e2ceff5e550068833330b9b97747a1f_d0d23febd01151d10bdfe97d05c91d41.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2010.7.21 サイボウズ・青野社長、初めてのMSXはパソピアIQ]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4823569/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4823569</id><summary><![CDATA[挑戦者たちの履歴書（30）：ゲームプログラマへの道を真剣に目指した中学生　選んだ機種は「MSX パソピアIQ」。当時発表されたばかりのPCの統一規格「MSX」の仕様に準拠した東芝製のPCだ。　早速、部活動や生徒会活動の合間を縫ってゲームのプログラミングに熱中する。愛読書も、小学生のころ購読していた『子供の科学』から、MSXの専門雑誌『MSX MAGAZINE』にステップアップだ。ゲーム用途が主だったMSXの専門誌には、当時各ゲームメーカーでヒット作を開発したカリスマプログラマたちの名前が踊っていた。中でも青野少年のあこがれは、後に『ぷよぷよ』というゲームで大ヒットを飛ばすことになるゲームメーカー「コンパイル」に所属する有名プログラマだった。　「ぼくが持っていたMSX機は非力なマシンでしたが、それでもコンパイル製のゲームは驚くほどスムーズなキャラクターの動きを実現していました。『これはすごい！』と思いました」]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2010-07-21T00:00:36+00:00</published><updated>2018-09-02T09:24:26+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>挑戦者たちの履歴書（30）：</p><p>ゲームプログラマへの道を真剣に目指した中学生</p><p><br></p><p>　選んだ機種は「MSX パソピアIQ」。当時発表されたばかりのPCの統一規格「MSX」の仕様に準拠した東芝製のPCだ。</p><p>　早速、部活動や生徒会活動の合間を縫ってゲームのプログラミングに熱中する。愛読書も、小学生のころ購読していた『子供の科学』から、MSXの専門雑誌『MSX MAGAZINE』にステップアップだ。ゲーム用途が主だったMSXの専門誌には、当時各ゲームメーカーでヒット作を開発したカリスマプログラマたちの名前が踊っていた。中でも青野少年のあこがれは、後に『ぷよぷよ』というゲームで大ヒットを飛ばすことになるゲームメーカー「コンパイル」に所属する有名プログラマだった。</p><p>　「ぼくが持っていたMSX機は非力なマシンでしたが、それでもコンパイル製のゲームは驚くほどスムーズなキャラクターの動きを実現していました。『これはすごい！』と思いました」</p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="http://www.itmedia.co.jp/im/articles/1007/21/news092.html">
			<img src="http://image.itmedia.co.jp/im/articles/1007/21/r4aono03.jpg" width="100%">
			<small><b>ゲームプログラマへの道を真剣に目指した中学生</b></small>
			<br>
			<small>編集部から：本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、青野氏が中学生時代にゲームプログラマを目指し、挫折するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>【関連資料】</p><p>かつての理系少年がU-22プロコンを支援　次代を担うスターの発掘を目指す<br></p><p><br></p><p>中学2年生のとき、東芝のパソピアIQという4万円のMSXパソコンを買いました。お年玉3万円に貯金1万円を足して。今振り返ると、人生最大の選択はそこでプログラミングに目覚めたことだと思いますね。頭を使えば、どんなおもしろいものもつくることができる。電子工作だと、たくさんのパーツを買ってこなければならないのでお金がかかります。ところがプログラミングは、パソコン1台あればできてしまう。それどころか、自分の書いたプログラムをパソコン雑誌に送ってそれが掲載されると、何万円かもらえる。自分の進む道はこれだと思って、大阪大学の情報システム工学科に進みました。<br></p>
		</div>
	
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		<a href="https://www.weeklybcn.com/journal/hitoarite/detail/20140703_32985.html">
			<img src="https://www.weeklybcn.com/files/topics/32985_ext_05_0.jpg" width="100%">
			<small><b>サイボウズ　代表取締役社長　青野 慶久 - 週刊BCN+</b></small>
			<br>
			<small>　「青野さんって、とても熱いんですよ。ぜひ一度、じっくり対談してみてください」という話を知人に聞いて、さっそくお会いした。すると、プログラミングへの並々ならぬ想いが伝わってくるではないか。失礼ながら、それは会社創立からたった9年で東証1部上場を果たし、その後の成長を舵取りしてきた敏腕のIT企業経営者というよりは、根っからの理系少年がそのまま大きくなり、まっすぐに夢を語り続ける姿だった。そして、これからの日本の“ものづくり”を支える若い世代を育てなければならないという想いは、さらに熱いものだった。（本紙主幹・奥田喜久男　　構成・小林茂樹　　写真・津島隆雄）
【取材：2014.5.14／東京・文京区後楽のサイボウズ本社にて】</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2005.7.20 リクルート「Tech総研」でMSX特集]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4823551/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4823551</id><summary><![CDATA[懐かしの"アレ"がエンジニアの原点だ！プログラムの“いろは”を教えてくれたMSXとは・前編]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>2005-07-20T00:00:50+00:00</published><updated>2018-09-02T09:20:11+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>懐かしの"アレ"がエンジニアの原点だ！</p><p>プログラムの“いろは”を教えてくれたMSXとは・前編<br></p><p><br></p><p><br></p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000631">
			<img src="https://next.rikunabi.com/tech/docs/rnc/docs/d.jsp?__m=1" width="100%">
			<small><b>プログラムの“いろは”を教えてくれたMSXとは・前編｜【Tech総研】</b></small>
			<br>
			<small>Tech総研『こだわりのアレ』カテゴリの『プログラムの“いろは”を教えてくれたMSXとは・前編』。80年代に突然訪れた「マイコン」ブーム。その時代に初めてパソコンに触れ、熱中した経験のあるエンジニアも多いことだろう…</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>同・後編</p><p><br></p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000642">
			<img src="https://next.rikunabi.com/tech/docs/rnc/docs/d.jsp?__m=1" width="100%">
			<small><b>プログラムの“イロハ”を教えてくれたMSXとは・後編｜【Tech総研】</b></small>
			<br>
			<small>Tech総研『こだわりのアレ』カテゴリの『プログラムの“イロハ”を教えてくれたMSXとは・後編』。80年代に一世を風靡した「MSX」とエンジニアの関係について、当時のエピソードとともに振り返った前回。今回はいよいよ…</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<p>MSXは消えても人を残す。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1999.8.23 秋葉原で「MSX電遊ランド」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4050272/"></link><link rel="enclosure" type="image/png" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/47cb7a99147eccb409b6ab9c554115d1_e151737a3d8ce9cdcbb7c1f285c3ad36.png"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4050272</id><summary><![CDATA[8/23～24の2日開催。これまでのMSXイベントは、秋葉原でも少々外れた「損保会館」で開催されることが多かったが、今回は中央通りに面した会場での開催。また、基調講演として西和彦が登場したことも大きな出来事と言える。「MSX電遊ランド」は翌2000年にも開催され、西和彦氏が「公式エミュレータ」の開発を明言するなど記念すべきイベントとなった。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1999-08-23T04:00:00+00:00</published><updated>2018-04-18T00:14:47+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>8/23～24の2日開催。</p><p>これまでのMSXイベントは、秋葉原でも少々外れた「損保会館」で開催されることが多かったが、今回は中央通りに面した会場での開催。また、基調講演として西和彦が登場したことも大きな出来事と言える。</p><p>「MSX電遊ランド」は翌2000年にも開催され、西和彦氏が「公式エミュレータ」の開発を明言するなど記念すべきイベントとなった。<br></p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/440063/47cb7a99147eccb409b6ab9c554115d1_e151737a3d8ce9cdcbb7c1f285c3ad36.png?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p>【出典】『週刊アスキー』1999年9月15号</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1998.3.18 コンパイル倒産]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262710/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262710</id><summary><![CDATA[一般的には『ぷよぷよ』、MSXユーザー的には『ディスクステーション』で有名だったコンパイルが、この日広島地方裁判所に和議(いまでいう民事再生法のようなもの)を申請し、事実上の倒産となった。負債総額は約75億円であった。『ぷよぷよ』に次ぐヒット作に恵まれなかったこと、社員を大量採用したこと、グループウェア「POWER ACTY」が大失敗に終わったことなどが理由と考えられる。当時はいわゆる「氷河期」であり、内定を取り消された学生たちにとってはあまりにも無念だっただろう。この直後に開催された「東京ゲームショウ」にコンパイルはブースを出展していた。ブースのパーティションは励ましのメッセージで埋め尽くされたという。『ぶよぷよ』も『ゴルピーのパイプライン大作戦』も、もとはMSXの投稿プログラムがきっかけだったとか。また『ディスクステーション』がMSX界にもたらした功績は計り知れない。しかし、企業とは存続してなんぼとも言えるのだ。ちなみに当時の社長であったMOO仁井谷氏は最近ちょくちょくテレビに出演している。どうやらまだあきらめていないらしい。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1998-03-18T00:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T22:22:21+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>一般的には『ぷよぷよ』、MSXユーザー的には『ディスクステーション』で有名だったコンパイルが、この日広島地方裁判所に和議(いまでいう民事再生法のようなもの)を申請し、事実上の倒産となった。負債総額は約75億円であった。</p><p>『ぷよぷよ』に次ぐヒット作に恵まれなかったこと、社員を大量採用したこと、グループウェア「POWER ACTY」が大失敗に終わったことなどが理由と考えられる。当時はいわゆる「氷河期」であり、内定を取り消された学生たちにとってはあまりにも無念だっただろう。</p><p>この直後に開催された「東京ゲームショウ」にコンパイルはブースを出展していた。ブースのパーティションは励ましのメッセージで埋め尽くされたという。</p><p><br></p><p>『ぶよぷよ』も『ゴルピーのパイプライン大作戦』も、もとはMSXの投稿プログラムがきっかけだったとか。また『ディスクステーション』がMSX界にもたらした功績は計り知れない。しかし、企業とは存続してなんぼとも言えるのだ。</p><p>ちなみに当時の社長であったMOO仁井谷氏は最近ちょくちょくテレビに出演している。どうやらまだあきらめていないらしい。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1997.11.23 「MSX WORLD EXPO」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262677/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262677</id><summary><![CDATA[『MSX・FAN』誌の休刊が発表された1994年頃から、全国各地でMSX系同人サークルのイベントが多数開催されるようになった。それらのイベントは主に2種類に分類される。同人サークルが持ち寄ったソフト・ハード・同人誌などを頒布する「即売会系」イベントと、とにかくユーザーたちが集まって自由に交流する「集い系」イベントである。また、異色なものとしては電子工作を主体とした「似非セミナー」が存在した。そして、ここに第4の形態が現れる。11/23,24の2日間にわたって、千葉県・千葉工業大学で開催された「MSX WORLD EXPO」である。これは大学のサークルによって主催された「展示会系」イベントだ。文化祭の一企画として開催されたこのイベントは、MSXの過去から現在まで、とにかく多数の本体・モニターを並べ、MSXユーザーのみならず、たまたま文化祭に足を運んだ人をも対象としていたことに他のイベントとの違いがみられる。なお「WORLD EXPO」という名前は、当時開催されていた大型イベントの名前を拝借したものである。海外のハードも展示していたので、いちおう嘘はついていない。ちなみに、このイベントでいちばん好評だったのは入口付近に設置してあった「占いコーナー」であったことはここだけの秘密にしておこう。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1997-11-23T02:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:58:27+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>『MSX・FAN』誌の休刊が発表された1994年頃から、全国各地でMSX系同人サークルのイベントが多数開催されるようになった。</p><p>それらのイベントは主に2種類に分類される。同人サークルが持ち寄ったソフト・ハード・同人誌などを頒布する「即売会系」イベントと、とにかくユーザーたちが集まって自由に交流する「集い系」イベントである。また、異色なものとしては電子工作を主体とした「似非セミナー」が存在した。</p><p>そして、ここに第4の形態が現れる。11/23,24の2日間にわたって、千葉県・千葉工業大学で開催された「MSX WORLD EXPO」である。これは大学のサークルによって主催された「展示会系」イベントだ。文化祭の一企画として開催されたこのイベントは、MSXの過去から現在まで、とにかく多数の本体・モニターを並べ、MSXユーザーのみならず、たまたま文化祭に足を運んだ人をも対象としていたことに他のイベントとの違いがみられる。</p><p>なお「WORLD EXPO」という名前は、当時開催されていた大型イベントの名前を拝借したものである。海外のハードも展示していたので、いちおう嘘はついていない。</p><p><br></p><p>ちなみに、このイベントでいちばん好評だったのは入口付近に設置してあった「占いコーナー」であったことはここだけの秘密にしておこう。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1997.11.20 PS版『コナミアンティークス』発売]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262686/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262686</id><summary><![CDATA[本家・コナミがついに動いた。プレイステーションでMSXのソフトを10本収録した『コナミアンティークス』が発売されたのだ。定価は4,800円。まあまあの水準といえる。収録ソフトには『グラディウス』『けっきょく南極大冒険』『コナミのピンポン』など、MSXらしいソフトもセレクトされており、これもまたまあまあの水準といえる。肝心の出来についてだが、リメイクしたというより、エミュレータを開発して再現したものと考えられている。若干ぎこちない動きがあったことがその証左となっている。その後、好評だったのかこのシリーズは第3弾まで発売されている。やはりエミュレータがなければ、この開発スピードはなかったのではないだろうか。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1997-11-20T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T22:03:35+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>本家・コナミがついに動いた。</p><p>プレイステーションでMSXのソフトを10本収録した『コナミアンティークス』が発売されたのだ。定価は4,800円。まあまあの水準といえる。</p><p>収録ソフトには『グラディウス』『けっきょく南極大冒険』『コナミのピンポン』など、MSXらしいソフトもセレクトされており、これもまたまあまあの水準といえる。</p><p>肝心の出来についてだが、リメイクしたというより、エミュレータを開発して再現したものと考えられている。若干ぎこちない動きがあったことがその証左となっている。</p><p>その後、好評だったのかこのシリーズは第3弾まで発売されている。やはりエミュレータがなければ、この開発スピードはなかったのではないだろうか。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1997.8.中旬 幻かと思われた「拡張スロット」が実現]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262664/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262664</id><summary><![CDATA[『MSX・FAN』誌最終号の裏表紙に掲載された「MSX復活プロジェクト」(以下MFP)なる広告。そこにはスロットを4つに拡張するハードウェアの発売が予告されていたのだが、結局実現せずに終わった。中には前金を支払ってしまった人もいると聞く。いまで言うところの「クラウドファンディング」の失敗例に近い。だが、返金されなかったのは当時でも不満を抱いていた人が多かった。そんな中「ならば自分でやってやる！」と奮起したのが、同人サークル「フロントライン」であった。フロントラインは同人ソフトのサークルではなく、プロデュース業を主に手がける異色のサークルであった。要するに自分で開発するというよりも、他人に開発させることを得意としていた(汗)。そんなサークルがいろいろと暗躍した結果、拡張スロット「エキスパンジョンスロット」が誕生したのである。フロントライン代表のN氏も、実はMFPに前金を支払ってしまった一人だという。この情熱というか反骨精神には参ったとしか言うほかない。ところで、スロットを拡張したところで何に使うのか？実のところよくわかっていない。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1997-08-14T15:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:50:19+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>『MSX・FAN』誌最終号の裏表紙に掲載された「MSX復活プロジェクト」(以下MFP)なる広告。</p><p>そこにはスロットを4つに拡張するハードウェアの発売が予告されていたのだが、結局実現せずに終わった。中には前金を支払ってしまった人もいると聞く。いまで言うところの「クラウドファンディング」の失敗例に近い。だが、返金されなかったのは当時でも不満を抱いていた人が多かった。</p><p>そんな中「ならば自分でやってやる！」と奮起したのが、同人サークル「フロントライン」であった。フロントラインは同人ソフトのサークルではなく、プロデュース業を主に手がける異色のサークルであった。要するに自分で開発するというよりも、他人に開発させることを得意としていた(汗)。</p><p>そんなサークルがいろいろと暗躍した結果、拡張スロット「エキスパンジョンスロット」が誕生したのである。</p><p>フロントライン代表のN氏も、実はMFPに前金を支払ってしまった一人だという。この情熱というか反骨精神には参ったとしか言うほかない。</p><p><br></p><p>ところで、スロットを拡張したところで何に使うのか？実のところよくわかっていない。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1996.8.18 『MSXフェスタ』開催、秋葉原イベントが定番化]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262646/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262646</id><summary><![CDATA[すっかりMSXの「聖地」と化した秋葉原・損保会館で、同人サークル・モオソフト主催による『MSXフェスタ』が開催された。手元の資料によると、あのガイナックスも企業ブースを構えていたという。これ以降「お盆休みには秋葉原でMSXイベント」という流れが定番化し、全国のMSXユーザーたちが集結する貴重な場となっていた。もちろんこの時期にはコミケも開催されているため、日程的にはコミケを避けるように調整していたが、どうしても重なってしまうこともあったようだ。ただ、その場合でも終了後に駆け付けた人たちと交流していた模様。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1996-08-18T02:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:41:14+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>すっかりMSXの「聖地」と化した秋葉原・損保会館で、同人サークル・モオソフト主催による『MSXフェスタ』が開催された。</p><p>手元の資料によると、あのガイナックスも企業ブースを構えていたという。</p><p>これ以降「お盆休みには秋葉原でMSXイベント」という流れが定番化し、全国のMSXユーザーたちが集結する貴重な場となっていた。もちろんこの時期にはコミケも開催されているため、日程的にはコミケを避けるように調整していたが、どうしても重なってしまうこともあったようだ。ただ、その場合でも終了後に駆け付けた人たちと交流していた模様。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1996.3.30 オランダでMSXイベント開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262632/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262632</id><summary><![CDATA[実はMSXはヨーロッパでも発売されており、とくにオランダやスペインで人気が高かった。噂によると、いまだに新作ソフトが開発されているとか。。。ということで、オランダ・Tilburg(ティルブルク)で「International MSX Fair」というイベントが開催され、ヨーロッパ諸国から参加があったとの記録が残っている。また、ヨーロッパ開発のソフトで日本でも衝撃を呼んだのが「メガデモ」と呼ばれる超絶技巧を駆使したデモンストレーション。いったいどんな技術が使われているんだと、多くのユーザーがその解明に挑んだという。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1996-03-30T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:30:24+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>実はMSXはヨーロッパでも発売されており、とくにオランダやスペインで人気が高かった。噂によると、いまだに新作ソフトが開発されているとか。。。</p><p><br></p><p>ということで、オランダ・Tilburg(ティルブルク)で「International MSX Fair」というイベントが開催され、ヨーロッパ諸国から参加があったとの記録が残っている。</p><p><br></p><p>また、ヨーロッパ開発のソフトで日本でも衝撃を呼んだのが「メガデモ」と呼ばれる超絶技巧を駆使したデモンストレーション。いったいどんな技術が使われているんだと、多くのユーザーがその解明に挑んだという。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1995.7.23～8.6 「MSXキャラバン」8都市で開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262594/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262594</id><summary><![CDATA[7月8日。いよいよやってきてしまった『MSX・FAN』誌の休刊。しかしMSXユーザーたちはあきらめなかった。全国各地のMSXサークルが連絡をとりあい、同時多発的にイベントを開催することにしたのである。その総称を「MSXキャラバン」と呼び、3週間にわたって以下の8都市で開催された。複数の会場に参戦した強者も多かったという。●7月23日　大阪・金沢●7月30日　札幌・仙台・名古屋・福岡●8月6日　東京・新潟なお、これらのイベントに特定のフォーマットはなく、それぞれの主催者が自由なアイデアでイベントを開催していた。同人即売会であったり、自由に使える本体とモニター(いわゆる「フリーMSX」)を設置して自作のプログラムを見せびらかしたり、懐かしのハードを展示したり、これからの活動のあり方についてディスカッションを行った会場もあったという。MSXキャラバンは「Mファンがなくなっても自分たちはMSXを続けていくぞ！」というユーザーたちの気概を示したイベントとして今後も語り継がれていくだろう。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1995-07-23T02:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:05:35+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>7月8日。いよいよやってきてしまった『MSX・FAN』誌の休刊。</p><p>しかしMSXユーザーたちはあきらめなかった。全国各地のMSXサークルが連絡をとりあい、同時多発的にイベントを開催することにしたのである。</p><p>その総称を「MSXキャラバン」と呼び、3週間にわたって以下の8都市で開催された。複数の会場に参戦した強者も多かったという。</p><p><br></p><p>●7月23日　大阪・金沢</p><p>●7月30日　札幌・仙台・名古屋・福岡</p><p>●8月6日　東京・新潟</p><p><br></p><p>なお、これらのイベントに特定のフォーマットはなく、それぞれの主催者が自由なアイデアでイベントを開催していた。同人即売会であったり、自由に使える本体とモニター(いわゆる「フリーMSX」)を設置して自作のプログラムを見せびらかしたり、懐かしのハードを展示したり、これからの活動のあり方についてディスカッションを行った会場もあったという。</p><p><br></p><p>MSXキャラバンは「Mファンがなくなっても自分たちはMSXを続けていくぞ！」というユーザーたちの気概を示したイベントとして今後も語り継がれていくだろう。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1995.7.23 「似非セミナー」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262583/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262583</id><summary><![CDATA[東京都北区「北とぴあ」で開催されたこのイベントは、多数開催された同人系MSXイベントの中でも異彩を放つものであった。同人系MSXイベントは、主に同人ソフトを持ち寄って販売する「即売会」系イベントと、ソフト制作者でなくても参加でき、ファン同士が交流を図る「集い」系イベントがその中心を占める。その中で「似非セミナー」は、MSXがハードウェア的に改造しやすいことに目をつけた「電子工作系」イベントである。「似非」とは、同人サークル「似非職人工房」が開発した同人ハード「似非RAM」のこと。既存のROMカートリッジを改造してSRAMチップを搭載することにより、外部ドライブとして利用できるというものだった。まぁ、いまでいうところのSSDみたいなものである。ROMカートリッジが必要な理由は、その中に搭載されている部品「メガROMコントローラ」を利用するため。その部品にもいくつかのバージョンが存在したため、改造可能なROMカートリッジのリストがあらかじめ公開され、掲載されているものの中からひとつを持参する形となった。当然ながら改造後、そのカートリッジに入っていたゲームを遊ぶことはできなくなる。似非セミナーはその後数回開催されることになるが、ROMカートリッジを持参しなくてすむよう、あらかじめ主催者側が用意するようになった。そこで選ばれたのが「聖飢魔IIスペシャル」である。どうも仙台の某電気店に眠っていた在庫を丸ごと買い取ったらしい。。。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1995-07-23T00:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T20:53:52+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>東京都北区「北とぴあ」で開催されたこのイベントは、多数開催された同人系MSXイベントの中でも異彩を放つものであった。</p><p>同人系MSXイベントは、主に同人ソフトを持ち寄って販売する「即売会」系イベントと、ソフト制作者でなくても参加でき、ファン同士が交流を図る「集い」系イベントがその中心を占める。その中で「似非セミナー」は、MSXがハードウェア的に改造しやすいことに目をつけた「電子工作系」イベントである。</p><p>「似非」とは、同人サークル「似非職人工房」が開発した同人ハード「似非RAM」のこと。既存のROMカートリッジを改造してSRAMチップを搭載することにより、外部ドライブとして利用できるというものだった。まぁ、いまでいうところのSSDみたいなものである。</p><p>ROMカートリッジが必要な理由は、その中に搭載されている部品「メガROMコントローラ」を利用するため。その部品にもいくつかのバージョンが存在したため、改造可能なROMカートリッジのリストがあらかじめ公開され、掲載されているものの中からひとつを持参する形となった。当然ながら改造後、そのカートリッジに入っていたゲームを遊ぶことはできなくなる。</p><p>似非セミナーはその後数回開催されることになるが、ROMカートリッジを持参しなくてすむよう、あらかじめ主催者側が用意するようになった。そこで選ばれたのが「聖飢魔IIスペシャル」である。どうも仙台の某電気店に眠っていた在庫を丸ごと買い取ったらしい。。。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1995.7.8 『MSX・FAN』誌、予告通り休刊]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262536/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262536</id><summary><![CDATA[ついにこの日がやってきてしまいました。しかし、この1年間、同人サークルや草の根パソコン通信の紹介など、雑誌がなくなってもコミュニティとしてのMSXを残していこうとする編集方針は、確実に現在にも受け継がれています。ありがとうMファン。さようならMファン。ちなみに、最終号の裏表紙には「MSX復活プロジェクト」なる謎の広告が。この広告ではスロットを4つに拡張する「拡張スロット」や、MSXにハードディスクを接続することができる「IDEインタフェース」といったハードウェアの発売が告知されていたのだが…残念ながら、これは後にMSX界の黒歴史として名を残すことになる。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1995-07-08T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:33:36+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>ついにこの日がやってきてしまいました。</p><p>しかし、この1年間、同人サークルや草の根パソコン通信の紹介など、雑誌がなくなってもコミュニティとしてのMSXを残していこうとする編集方針は、確実に現在にも受け継がれています。</p><p>ありがとうMファン。さようならMファン。</p><p><br></p><p>ちなみに、最終号の裏表紙には「MSX復活プロジェクト」なる謎の広告が。</p><p>この広告ではスロットを4つに拡張する「拡張スロット」や、MSXにハードディスクを接続することができる「IDEインタフェース」といったハードウェアの発売が告知されていたのだが…残念ながら、これは後にMSX界の黒歴史として名を残すことになる。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1994.12.23 秋葉原で「MSXクリスマスパーティー」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262556/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262556</id><summary><![CDATA[秋葉原にある「損保会館」でイベント開催。(厳密には秋葉原の中央通りからは少し離れているが)当日開催された同人サークルの即売会「デジタルフェスティバル Vol.4」の一角をお借りする形で、MSX系サークルが集結。また、札幌のサークル「SYNTAX」が音頭をとったことでも注目すべきイベントだったと言える。その後、SYNTAXはディスクマガジン「NVマガジン」の発行によって、MSX系サークルの大手へと成長していくことになる。損保会館ではその後もたびたびイベントが開催され、いつしか「MSXユーザーの聖地」と呼ばれるようになった。現在でもレトロ系のイベントがたびたび開催されている。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1994-12-23T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T20:40:57+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>秋葉原にある「損保会館」でイベント開催。(厳密には秋葉原の中央通りからは少し離れているが)</p><p>当日開催された同人サークルの即売会「デジタルフェスティバル Vol.4」の一角をお借りする形で、MSX系サークルが集結。また、札幌のサークル「SYNTAX」が音頭をとったことでも注目すべきイベントだったと言える。その後、SYNTAXはディスクマガジン「NVマガジン」の発行によって、MSX系サークルの大手へと成長していくことになる。</p><p>損保会館ではその後もたびたびイベントが開催され、いつしか「MSXユーザーの聖地」と呼ばれるようになった。現在でもレトロ系のイベントがたびたび開催されている。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1994.11.13 「MSXフェスティバル in 豊田」開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262549/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262549</id><summary><![CDATA[愛知県の豊田工科大学にてイベント開催。地理的に関東・関西のサークルがブースを構え、東西の交流が図られた。また、『MSX・FAN』誌の編集者も来場し、その様子が誌面に紹介された。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1994-11-13T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T20:35:59+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>愛知県の豊田工科大学にてイベント開催。</p><p>地理的に関東・関西のサークルがブースを構え、東西の交流が図られた。</p><p>また、『MSX・FAN』誌の編集者も来場し、その様子が誌面に紹介された。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1994.11.3 同人サークル「PCCM」がイベント開催]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262544/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262544</id><summary><![CDATA[東京都北区にある「滝野川会館」にて、同人サークル「PCCM」によるサークル「PCCM+MSXフェア」が開催された。それ以前にも同人イベントは存在したが、休刊が決定した『MSX・FAN』が呼びかけたユーザーたちの結集に呼応して始まったイベントの先駆けとも言える。MSXの新規格に採用されなかった幻のVDP「V9990」を使った拡張カートリッジや、ジョイパッドを4個接続してゲームの対戦が可能な「忍者タップ」が展示されていた、と資料には記されている。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1994-11-03T01:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T20:32:28+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>東京都北区にある「滝野川会館」にて、同人サークル「PCCM」によるサークル「PCCM+MSXフェア」が開催された。</p><p>それ以前にも同人イベントは存在したが、休刊が決定した『MSX・FAN』が呼びかけたユーザーたちの結集に呼応して始まったイベントの先駆けとも言える。</p><p>MSXの新規格に採用されなかった幻のVDP「V9990」を使った拡張カートリッジや、ジョイパッドを4個接続してゲームの対戦が可能な「忍者タップ」が展示されていた、と資料には記されている。</p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1994.9 パソコン通信ネット「THE LINKS」終了]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262532/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262532</id><summary><![CDATA[いやぁ、ここまでよくもちました。最後は通信がぷっつりと切れて、エラーが出て終了したとか。その後は一般的なパソコン通信ネット「Super Links」に引き継がれ、旧LINKSでBBS(電子掲示板)のSYSOP(シスオペ、管理人のこと)をしていた人には機材としてPC-9801互換機が貸与されていたとか。しかし、それも長続きせず、日本テレネット社はパソコン通信から撤退していきました。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1994-09-29T15:00:00+00:00</published><updated>2018-05-25T20:23:17+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>いやぁ、ここまでよくもちました。</p><p>最後は通信がぷっつりと切れて、エラーが出て終了したとか。</p><p><br></p><p>その後は一般的なパソコン通信ネット「Super Links」に引き継がれ、旧LINKSでBBS(電子掲示板)のSYSOP(シスオペ、管理人のこと)をしていた人には機材としてPC-9801互換機が貸与されていたとか。</p><p>しかし、それも長続きせず、日本テレネット社はパソコン通信から撤退していきました。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1994.7.8 『MSX・FAN』誌、1年後の休刊を予告。定期購読を募る]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4050325/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4050325</id><summary><![CDATA[本家『MSXマガジン』が休刊してから2年。それでも唯一のMSX誌として発行を続けてきた『MSX・FAN』誌(徳間書店インターメディア、以下Mファン)が衝撃の発表を行った。「一定数の定期購読が集まらなければ、1年後に休刊する」出版業界において、休刊とはいきなり訪れるもの。期限を予告することは異例である。しかも、定期購読数によっては継続の可能性もあるという条件をつけた。読者たちの情熱と、北根編集長の情熱がつながり、この大きな決断へとつながった。しかし、すでにMファンは隔月刊となっていたが、定価は1,980円。定期購読を申し込むには、6冊分＝12,000円を前金で用意する必要がある。読者の年齢層が低いMファンにとって、このお金を捻出できる読者は限られていた。結局定期購読者は伸び悩み、次号で泣く泣く休刊が発表されたのである。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1994-07-08T01:00:00+00:00</published><updated>2018-04-18T00:27:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>本家『MSXマガジン』が休刊してから2年。</p><p>それでも唯一のMSX誌として発行を続けてきた『MSX・FAN』誌(徳間書店インターメディア、以下Mファン)が衝撃の発表を行った。</p><p>「一定数の定期購読が集まらなければ、1年後に休刊する」</p><p>出版業界において、休刊とはいきなり訪れるもの。期限を予告することは異例である。</p><p>しかも、定期購読数によっては継続の可能性もあるという条件をつけた。読者たちの情熱と、北根編集長の情熱がつながり、この大きな決断へとつながった。</p><p>しかし、すでにMファンは隔月刊となっていたが、定価は1,980円。定期購読を申し込むには、6冊分＝12,000円を前金で用意する必要がある。読者の年齢層が低いMファンにとって、このお金を捻出できる読者は限られていた。</p><p>結局定期購読者は伸び悩み、次号で泣く泣く休刊が発表されたのである。</p>
		</div>
	<hr>
		<div>
			<p>まったく関係のない話だが、今年J1リーグに昇格した「V・ファーレン長崎」がシーズンシートを分割払いで販売するという施策を打ち出した。</p><p>もちろん従来でもクレジットカードを利用すれば分割払いは可能だったが、それでは金利がかかってしまう。しかし、長崎の親会社はあのジャパネットたかただ。金利・手数料はもちろんジャパネットが負担した。</p><p>こういう仕組みが当時のMファンにあればな…とつい連想してしまう。一度に12,000円ではなく、月1,000円の分割払いができればよかったのだが、もちろん子供にはローンも組めないしクレジットカードも持てないのである。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1992.10.5 伝説の子ども番組『ウゴウゴルーガ』開始]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4262620/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4262620</id><summary><![CDATA[フジテレビで早朝に放送された『ウゴウゴルーガ』は、あの『ひらけ！ポンキッキ』の前の枠であるにも関わらず、まったく違うテイストの子ども番組として制作された。セットは全編CGで、その中に2人の子ども「ウゴウゴくん」「ルーガちゃん」が登場。曜日ごとに変わるCGで作られたキャラクターと会話するコーナーがメインであったが、それ以上に注目されたのが途中にはさまれるショートコーナー。「プリブリはかせ」「ミカンせいじん」「あにき」など、そのシュールさには「意味がわからない」という声が続出した。この番組のCG制作には、後に世界的な映像作家となる岩井俊雄さんが参加しており、MSXとAmigaを使用していたという。MSXが本格的にテレビ番組に使用されていたと確認できる稀有な例である。『ウゴウゴルーガ』の福原プロデューサーによると、この番組のアイデアは同様に昔放送されていた子ども番組『カリキュラマシーン』であったという。さらに、最近大きな話題となったアニメ『ポブテピピック』は『ウゴウゴルーガ』に影響を受けたという。アイデアとはこのように連鎖していくのである。【以下、MSXとは関係ないうんちく】・福原プロデューサーはtwitterで積極的に発言を繰り返していたが、ついにフジテレビに愛想が尽きたのか、現在は「バズフィードジャパン」に転職している。・「ルーガちゃん」を演じていた小出由華さんは、その後巨乳グラビアタレントになった。・一時期は夜にも『ウゴウゴルーガ2号』が放送されており、テーマソングはピチカート・ファイヴの『東京は夜の7時』であった。ボーカルの野宮真貴さんは、いまでも夜7時になるとtwitterで「東京は夜の7時♪」とつぶやいている。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1992-10-04T21:30:00+00:00</published><updated>2018-05-25T21:22:20+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>フジテレビで早朝に放送された『ウゴウゴルーガ』は、あの『ひらけ！ポンキッキ』の前の枠であるにも関わらず、まったく違うテイストの子ども番組として制作された。</p><p>セットは全編CGで、その中に2人の子ども「ウゴウゴくん」「ルーガちゃん」が登場。曜日ごとに変わるCGで作られたキャラクターと会話するコーナーがメインであったが、それ以上に注目されたのが途中にはさまれるショートコーナー。</p><p>「プリブリはかせ」「ミカンせいじん」「あにき」など、そのシュールさには「意味がわからない」という声が続出した。</p><p><br></p><p>この番組のCG制作には、後に世界的な映像作家となる岩井俊雄さんが参加しており、MSXとAmigaを使用していたという。MSXが本格的にテレビ番組に使用されていたと確認できる稀有な例である。</p><p><br></p><p>『ウゴウゴルーガ』の福原プロデューサーによると、この番組のアイデアは同様に昔放送されていた子ども番組『カリキュラマシーン』であったという。さらに、最近大きな話題となったアニメ『ポブテピピック』は『ウゴウゴルーガ』に影響を受けたという。アイデアとはこのように連鎖していくのである。</p><p><br></p><p>【以下、MSXとは関係ないうんちく】</p><p>・福原プロデューサーはtwitterで積極的に発言を繰り返していたが、ついにフジテレビに愛想が尽きたのか、現在は「バズフィードジャパン」に転職している。</p><p>・「ルーガちゃん」を演じていた小出由華さんは、その後巨乳グラビアタレントになった。</p><p>・一時期は夜にも『ウゴウゴルーガ2号』が放送されており、テーマソングはピチカート・ファイヴの『東京は夜の7時』であった。ボーカルの野宮真貴さんは、いまでも夜7時になるとtwitterで「東京は夜の7時♪」とつぶやいている。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1991.2.18 A1STは売れるもturboRの苦境が鮮明に]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4823664/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4823664</id><summary><![CDATA[【出典】「日経パソコン」1991年2月18日号トピック・レポート―業界－剣が峰の統⼀規格ＭＳＸ－ソニー、三洋は新規格パソコンを⾒送り　アスキーは16ビットの新規格「MSXturboR」を打ち出したが、MSX陣営3社のうちソニーと三洋電機はパソコン発売を見送った。松下電器のMSXturboR「FS-A1ST」は売れ行き好調だがソフトの対応が不透明で8年目を迎えるＭＳＸは岐路に立たされている。（中略)　83年に米マイクロソフト社とアスキーが家庭用８ビット・パソコンの統一規格として提唱したのがMSX。松下電器、ソニーなど家電メーカーを中心に13社が市場に参入した。最盛期の84年から85年にかけては年80万台以上を出荷し、昨年4月には国内外合わせて累計413万台に達した。　ところが、ゲーム中心のユーザーが多いMSXにとってファミリーコンピュータという強敵が出現し、さらにハードウエアが 8ビットから16ビットへと移り変わるなか、出荷台数は次第に落ち込んでいった。それとともにメーカー数も減り、最終製品のパソコンとしてMSXを生産するメーカーは松下電器、ソニー、三洋電機の３社だけとなった。　起死回生をかけて発表されたturboRだが、製品化しているのは松下電器ただ１社。松下電器と人気を二分していたソニーは「当面製品化予定はない」としている。三洋電機も「永久にやらないとは言えない」と将来に含みを残しつつも、「AXパソコンに集中投資するため、turboR製品化の計画はない」（直木武情報システム事業本部国内販売事業部コンピュータ企画部）と明言する。　(中略)　一方、ソフトウエアの面でも、アスキー以外にturboR専用ソフトを発売しているのは今のところ2社のみ。いまだ態度を決めかねているソフトハウスも多い。　「信長の野望」「三国志」などの歴史シミュレーション・ゲームで有名な光栄では「turboRに対応していきたいが、まだ評価中で具体的な製品計画はない」（襟川陽一社長）と慎重な姿勢。ロールプレイング・ゲームで多くのヒット作を持つ日本ファルコムの加藤正幸社長は「対応したいが、開発要員がMSXに興味を失いつつある。今後の予定は白紙の状態」と渋い表情だ。　統合ソフト「HALNOTE」などを販売するHAL研究所の岩田聡企画開発部長は「今のMSX用に実用ソフトを作っても採算が合わない」と断言する。「かといって、これまでのユーザーを切り捨てられないので、バージョンアップのようなリスクの少ないやり方で対応する」（岩田氏）という言葉には、ユーザーとビジネスの厳しさに挾まれたソフトハウスのジレンマが感じられる。　(中略)　A1STは90年末までに3万台を出荷した。当の松下電器でさえ「これほど売れるとは予想していなかった」（竹内雅之松下電器産業情報機器本部ワープロ事業部営業部商務課販売助成係長）と率直に認めている。だが「しばらくは堅調だろうが、新規ユーザーの需要を掘り起こさなければ大きな発展は難しい」（中嶋氏）と指摘する声は少なくない。　(中略)　パソコン業界で数少ない統一規格として7年以上も互換性を保ってきたMSXを「誰でも手軽に使える入門機として果たした役割は大きい」（襟川氏）と評価する声が多い。「200万台以上が輸出または現地生産され、20カ国語以上に対応した日本製パソコン」（松田辰夫アスキー　システム事業部開発推進部長）である点も見逃されがちだ。　だがそうした評価は必ずしもMSXの未来を約束しない。「16ビット化が１年早ければ、事態も変わっていただろう」（岩田氏）という厳しい指摘にアスキーの高橋氏も「本来ならば89年に発表したかった」と本音を明かす。]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1991-02-18T01:00:36+00:00</published><updated>2018-09-02T09:45:02+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>【出典】「日経パソコン」1991年2月18日号</p><p><b><br></b></p><p><b>トピック・レポート―業界－剣が峰の統⼀規格ＭＳＸ－ソニー、三洋は新規格パソコンを⾒送り</b><br></p><p>　アスキーは16ビットの新規格「MSXturboR」を打ち出したが、MSX陣営3社のうちソニーと三洋電機はパソコン発売を見送った。松下電器のMSXturboR「FS-A1ST」は売れ行き好調だがソフトの対応が不透明で8年目を迎えるＭＳＸは岐路に立たされている。</p><p>（中略)</p><p>　83年に米マイクロソフト社とアスキーが家庭用８ビット・パソコンの統一規格として提唱したのがMSX。松下電器、ソニーなど家電メーカーを中心に13社が市場に参入した。最盛期の84年から85年にかけては年80万台以上を出荷し、昨年4月には国内外合わせて累計413万台に達した。</p><p>　ところが、ゲーム中心のユーザーが多いMSXにとってファミリーコンピュータという強敵が出現し、さらにハードウエアが 8ビットから16ビットへと移り変わるなか、出荷台数は次第に落ち込んでいった。それとともにメーカー数も減り、最終製品のパソコンとしてMSXを生産するメーカーは松下電器、ソニー、三洋電機の３社だけとなった。</p><p>　起死回生をかけて発表されたturboRだが、製品化しているのは松下電器ただ１社。松下電器と人気を二分していたソニーは「当面製品化予定はない」としている。三洋電機も「永久にやらないとは言えない」と将来に含みを残しつつも、「AXパソコンに集中投資するため、turboR製品化の計画はない」（直木武情報システム事業本部国内販売事業部コンピュータ企画部）と明言する。</p><p>　(中略)</p><p>　一方、ソフトウエアの面でも、アスキー以外にturboR専用ソフトを発売しているのは今のところ2社のみ。いまだ態度を決めかねているソフトハウスも多い。</p><p>　「信長の野望」「三国志」などの歴史シミュレーション・ゲームで有名な光栄では「turboRに対応していきたいが、まだ評価中で具体的な製品計画はない」（襟川陽一社長）と慎重な姿勢。ロールプレイング・ゲームで多くのヒット作を持つ日本ファルコムの加藤正幸社長は「対応したいが、開発要員がMSXに興味を失いつつある。今後の予定は白紙の状態」と渋い表情だ。</p><p>　統合ソフト「HALNOTE」などを販売するHAL研究所の岩田聡企画開発部長は「今のMSX用に実用ソフトを作っても採算が合わない」と断言する。「かといって、これまでのユーザーを切り捨てられないので、バージョンアップのようなリスクの少ないやり方で対応する」（岩田氏）という言葉には、ユーザーとビジネスの厳しさに挾まれたソフトハウスのジレンマが感じられる。</p><p>　(中略)</p><p>　A1STは90年末までに3万台を出荷した。当の松下電器でさえ「これほど売れるとは予想していなかった」（竹内雅之松下電器産業情報機器本部ワープロ事業部営業部商務課販売助成係長）と率直に認めている。だが「しばらくは堅調だろうが、新規ユーザーの需要を掘り起こさなければ大きな発展は難しい」（中嶋氏）と指摘する声は少なくない。</p><p>　(中略)</p><p>　パソコン業界で数少ない統一規格として7年以上も互換性を保ってきたMSXを「誰でも手軽に使える入門機として果たした役割は大きい」（襟川氏）と評価する声が多い。「200万台以上が輸出または現地生産され、20カ国語以上に対応した日本製パソコン」（松田辰夫アスキー　システム事業部開発推進部長）である点も見逃されがちだ。</p><p>　だがそうした評価は必ずしもMSXの未来を約束しない。「16ビット化が１年早ければ、事態も変わっていただろう」（岩田氏）という厳しい指摘にアスキーの高橋氏も「本来ならば89年に発表したかった」と本音を明かす。</p><p><br></p>
		</div>
	<hr>
		<div>
			<p>いまは亡き任天堂(当時HAL研)の岩田さん、シプサワ・コウこと襟川さんによる厳しいながらも正確な見立て。</p><p>ファルコム・加藤社長の発言からは「ソーサリアン」がなかなか移植されなかった理由が垣間見えます。</p><p>また、出荷台数など具体的な数字も出ており、貴重な記事として紹介しました。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1990.10.26 NEC・大内相談役(当時副社長)の回顧録]]></title><link rel="alternate" href="https://msx35th.theblog.me/posts/4028982/"></link><id>https://msx35th.theblog.me/posts/4028982</id><summary><![CDATA[この年(筆者注:1983年)、私が考え込んだ「事件」のひとつが6月に発表されたMSXです。発表前にアスキー副社長の西君が僕のところに来て「日本電気がPC-8000をやっているのは知っているが、それはそれとしてMSXにも参加してくれ」と随分頼まれました。いくら8000がいいといっても、これは日本電気だけのものですからね。お得意先にすれば、選択肢が増えるわけです。そう考えれば賛同した方がいかもしれないと、いろいろ悩みました。今でも思い出すのは6月に東京・大手町の経団連会館で開かれたMSXについての記者会見です。最初、僕は「その会見に参加しない」と言っていたのだが、西君が「とにかく出席して一言しゃべってくれ」と言う。それで変なあいさつをしたんです。【記者】MSXの規格発表に出ないのも一つの意思表明ですが、出た上でキチッと「参加しない」と言うのも第三者に与える心理的効果は大きかったのではないでしょうか。これでサードパーティも安心したでしょうから。そうですね。【出典】日経産業新聞 1990年10月26付より抜粋]]></summary><author><name>flower_highway</name></author><published>1990-10-25T22:00:00+00:00</published><updated>2018-04-14T00:15:05+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>この年(筆者注:1983年)、私が考え込んだ「事件」のひとつが6月に発表されたMSXです。</p><p>発表前にアスキー副社長の西君が僕のところに来て「日本電気がPC-8000をやっているのは知っているが、それはそれとしてMSXにも参加してくれ」と随分頼まれました。</p><p>いくら8000がいいといっても、これは日本電気だけのものですからね。お得意先にすれば、選択肢が増えるわけです。そう考えれば賛同した方がいかもしれないと、いろいろ悩みました。</p><p>今でも思い出すのは6月に東京・大手町の経団連会館で開かれたMSXについての記者会見です。最初、僕は「その会見に参加しない」と言っていたのだが、西君が「とにかく出席して一言しゃべってくれ」と言う。それで変なあいさつをしたんです。</p><p><br></p><p>【記者】MSXの規格発表に出ないのも一つの意思表明ですが、出た上でキチッと「参加しない」と言うのも第三者に与える心理的効果は大きかったのではないでしょうか。これでサードパーティも安心したでしょうから。</p><p><br></p><p>そうですね。</p><p><br></p><p>【出典】日経産業新聞 1990年10月26付より抜粋</p>
		</div>
	<hr>
		<div>
			<p>…さすが西さん、強引だ。(汗)</p>
		</div>
	]]></content></entry></feed>